こえが、きこえたの。

だれかをよぶこえ。



―――わたしを、よぶ、こえ。













□■□












季節が、巡る。
また春が来る。

京にも蝶が舞い、花が各々立派な蕾を開かせていった。

春は、すべてのものに色がつく。
灰色だった景色に少しずつ精彩を加える。

春は、生命の季節。
すべてのはじまりの季節。
―――またこの時季がやって来た。





頬を撫でる風が、山奥から花の甘い香りを運んでくる。
雪解け水が山道を所々ぬかるませていて、時おり跳ねた泥が袴を汚した。
結うでもなく、ただ無造作に背に流した黒髪が花びらと共に揺れる。

何度も歩きなれた道だった。
昔は二人。
―――今は、ひとり。
だけど目的はいつも変わらなかった。
この先に待つのは、ただの人間には断崖にしか見えない場所。
彼にとっては―――既に訪れ慣れ、知り尽くした場所。

この数年間。
ほとんど毎日欠かさず、彼はそこへ行っていた。
たったひとりで。

そして、今日も。
柔らかな春の日差しに包まれながら。





(―――まったく)

植え込みに引っかかった露先を丁寧に直しながら、葉王は内心ため息をついた。
その脳内に浮かぶのは、朝の記憶。

軽い朝餉を取ってまもなく、久しぶりに邸へ使者が来た。
既に何度か顔を合わせたことのある伯父の使いだった。
葉王はあの伯父貴がわざわざ使いの者をやるほどの用事に疑問を抱きながら、それでいてそう良いものではなかろうとさほど期待もせず、言われるまま伯父の邸へと向かった。
そこで告げられた内容は、確かに良いものではなかった。

『そろそろ身を固めてはどうだろうか、葉王』

ああ、どうりで。
他人事のように伯父の言葉を聞き流しながら、葉王は納得した。
この邸に着いてから、どこかそわそわとした空気を肌で感じていた。
視線には馴れていたが、違和感は拭いきれない。
納得して、嘆息した。

朝一番にこれか。

伯父の話では、既に然るべき身分の姫君との縁談も考えているとのこと。
余計なことを、と内心では毒づきながら、葉王は曖昧な笑顔でその場をかわした。

―――今は。
今は、まだ。
己の後見人である伯父とは、関係を荒立たせたくなかったから。







感謝?
ちがう。
確かに一人で鴨川をうろついていた頃に比べ、今は衣食住の保障もされている。
左京に立派な邸も与えられた。
この時代で人として生きていける権利を、授かった。

でも、それだけだった。

母が死んで。
その少し後に出来た風変わりな友人も、ほどなくして幼い葉王の元を去った。
そこへ現れたのが今の伯父貴だった。

母の実兄だという。
真偽は知らぬ。
ただ、迎えに来たと言うその顔にどこか面影を感じた。
そのまま、言われるままに彼の邸へと連れて行かれた。
御者のついた立派な牛車など初めて乗った。

その間伯父と名乗るその中年の男は、頼んでもいないのにずっとひとりで喋っていた。
内容は主に、母のこと。

母は貴族の出だったらしい。
初耳だった。
母はそんな昔の話など自分の前では一切口にしなかったからだ。
物心ついたころには、父もいないが親族もいなかった。ふたりだけの世界。裕福ではなかったが、かと言って貧しいわけでもなかった暮らし。
基本的に母は自分の出自など話さなかったし、葉王も気にも留めなかった。ただ目の前に広がるその世界だけが全てであり、真実だった。

だから伯父の口から次々と飛び出てくる単語を、ただ葉王はまるで別世界の物語でも聞くように、無感動にそうなのか、と受け止めるだけだった。
今更そんな過ぎたことを教えられた所で、何が変わるわけでもない。

ともかく、やんごとなき出自であった母はその家筋に相応しい縁談相手を親、つまり葉王の祖父母より賜ったらしい。
賜ったとは言え、決定事項を告げられただけなのだろう。そこに女性である母の意志など、挟む隙すらなかったに違いない。

だからこそ―――母は反抗したらしい。
言葉ではなく、行動でもって。
すなわち、人知れず行方をくらました。
気が強いのはこの頃からだったかと、葉王はこの話を聞いた時思わずそっと笑んだ。
いつも静かな笑顔を絶やさず、良く動き、穏やかながらもはっきりと物を言う性格だった母。
葉王が生まれる前は、幼さも手伝ってか更に快活だったようだ。
久々に身近に感じた母の気配に、葉王は目を細めて続きを聞いた。
伯父曰く、母が出奔をする少し前、彼女がふと漏らした一言を覚えていたらしい。
お転婆な彼女にしては、珍しくはにかむような顔で。

『……たいせつなひとが、いるの』

縁談を賜る前の話だ。
だから伯父はその相手と連れ立って、家を出て行ったのではないかと考えていた。
勿論母がいなければ折角の縁談も破談となる。
最初は祖父母も色々と手を尽くして母を捜したらしい。
だが結局見つからず、それきり娘と再び合間見えることもなく、数年前に二人とも逝去した。

その話を聞いて、そうか母にも親がいたのか、と我ながら今更なことを思った。
彼女にもいたのだ。
にんげんの、親が、
――――狐などでは、なく。

そこまで聞いていたら、牛車が止まり、いよいよ邸に着いたことを御者が知らせた。
慣れない足取りで何とか降りる葉王を、伯父が大きな手で支えてくれた。
そしてそのまま邸内へ案内される。
その間も、ずっと伯父は喋り続けていた。

最近、伯父はふとした拍子に母の消息を知ったらしい。
そこで詳しく調べてみれば、幼い息子とふたり、山奥で慎ましく暮らしていたとのこと。
情報がそれだけならばそっとしておくつもりだったらしいが、既に母は死去していると知り、伯父は残された子供を引き取りに来たのだという。

そう、葉王を。

『―――これから、ここがお前の家だ』

口許を優しく歪めて伯父貴は葉王の頭を撫でた。
その声音からは、熟れすぎた果実のような匂いがした。





―――だけど葉王は知っていた。
心を読めたから。
伯父の真意を、知っていた。





優しい言葉の裏からは、政治の駒としてこれから葉王を利用していこうという目論見がありありと読み取れた。
伯父には他に息子が三人いる。
だが一人は病弱だし、一人はそう頭も良くない。
使えるのは残った一人だけだが、たった一人では心もとない。
だから、葉王を。

当の昔に消えた、おかしな能力を持ちその結果命を落としたという妹の息子を、利用することを思いついたのだ。

少し頭のおかしな妹だった。
気立ても、器量も良かったのに。聡明な、自慢の妹だったのに。
ふとあるときをキッカケに、彼女は良く一人で喋る子供になった。
誰もいないのに、真っ暗な部屋の中でただ話し、笑い、時には怒ったりしながら。
気味の悪い妹だった。
それで命を落としたのだとしたら―――仕方ないのだろう。

その息子。
確かに見た目は薄汚れてはいたが、母に似たのか面立ちは整っていた。
そして既に字の読み書きや、その他基本的なことを習得していた。
これを使わない手はないと思った。
見たところ、あの妹と同じような奇怪な言動はない。
むしろどこか淡々とした印象を受けた。
母を亡くしたばかりの子供にしては冷静すぎやしないかとも思ったが、だが頭の悪い三男のように、落ち着きがないよりはずっと良い。
理知的な双眸は、これからの将来について期待させるには充分だった。

この子供は使える。
そう直感した。






―――吐き気が、した。
最初は出て行こうとも思った。こんな邸。こんな、家柄。
結局は母を焼き殺したあの者達と寸分変わらない。
そんな人間の世話になるなんて、舌を噛み切った方がましだと思った。

でも。

ある時葉王は知った。
自分のこの、忌々しい力。
すなわち見鬼の才を。
有効に活用でき、尚且つ磨く術があるのだと。

ならば。

呪われたこの力を最大限にまで高めて―――そしてこの、麻倉家をその力によっていつかぶち壊してやろうと。
己を取り巻くすべてを、完膚なきまでに叩き潰してやろうと。
厭われたこの力で。

それもいい。そう、思ったのだ。





故に今、二十を迎えた葉王は中務省のひとつ、陰陽寮へ属していた。
多少は伯父貴の計らいもあっただろう。
だが優秀な陰陽博士のもと、確実に葉王の能力は開花していった。
京随一の稀代の陰陽師として。















――――少し、考え事をしすぎたな…
気分が滅入ってきた。

葉王は一旦足を止めると、ふうと小さく息を吐いた。
足元でかつん、と硬い音がする。
どうやらぬかるんだ道は脱出できたらしい。
山を取り巻く春の訪れの気配が、葉王の頬を撫でた。

そうして軽く衣服の乱れを直したあと、葉王は再び前方に聳える断崖をひたと見つめる。

もうすこし。
もうすこしで、あえる。

それを原動力として、葉王はまた再び足を動かし始めた。












□■□












その場所に近付くと、ほんの少しだけ、肌に触れる外気の温度が低くなるような気がする。

否、錯覚ではないのだろう、実際に涼しくなるのだと思う。
何せあの場所には、もう遥か長きに渡って決して溶けなかった氷の柱があるのだ。
気温が上昇することは殆どないのだろう。
その分、冬に訪れることは難しいのだけれど。
実際今冬の間は山へ入ることも出来なくて、雪の解け始めた今日、やっとここまで来れたのだ。

だがそれだけではない。
この、感じ。己の皮膚感覚だけではない、脳のどこかで、感じる。
寒いのとは若干違う―――身体が引き締まるような、感覚。



以前にも他の場所で、似たような経験をした。
確かそこは、大層信仰の厚い、歴史の重みをそのまま建物に表したかのような、とある神社だった。

入口の鳥居をくぐった瞬間からそれは始まった。
人の気配は少ないにも関わらず――どこかひしひしと、社を渦巻く森全体から、何がしかの気配。
ひどく濃密で、圧し掛かるように。
鳥のさえずりも、風の囁きすらも聞こえない。
しん、と静寂に満ち満ちた世界。

鳥居は一種の目印。
神の領域、つまり神域を示す。
鳥居の向こうは人の界に非ず。おいそれと足を踏み入れられる領域ではないのだ。

参道を抜け奥へ進むにつれ―――その気配はどんどん強くなった。
そしてついに本殿へたどり着いたとき。

葉王は顔を上げられなかった。
重すぎて。そこにじっと佇む、何かの大きな気配に圧されて。
鼓動が耳の奥で鳴る。
暑くもないのに、汗が伝う。
―――本殿を直視できなかったことを、覚えている。

当時はまだ未熟者であったが為に、ただ困惑したが。
今思えば、あれが神威というものだったのかもしれない。



それ以来その神社には足を運んでいない。
だが、あの感覚だけはしっかりと心に刻まれている。

それと酷く似ていた。
葉王が今目指している場所は。
無論あそこよりは幾分か和らいだ空気だ。
息が詰まりそうになることもない。心臓が大きく波打つこともない。

でも。

「―――着いた」

思わず声に出す。
葉王は見慣れた洞窟を視界に認めると、入口に手をかけ、顔を微かに引き締めた。





真っ暗な闇の中、己の足音と、小さな衣擦れの音だけが響き渡る。
もう何度も歩きなれた道だ。灯りがなくとも大体の見当はつく。

不意に、音の反響の仕方が変わった。
ひやりと冷たい空気が頬を撫でる。
広い場所に出たのだ。

嗚呼、

「やっと、会えた」

葉王は微笑を浮かべ、暗闇にぼんやりと聳え立つ、巨大な氷柱を仰いだ。
そしてその中に眠る―――少女の、顔を。












□■□












(ったく……あの野郎、どこ行きやがった)

と、布勢はため息をついた。

人づてに聞いた話だ。
とは言え今朝のことのようだし、そう偽りでもないのだろう。
その話とは、己の同僚、麻倉葉王についてのことだった。

何でも、朝早くに彼は伯父に呼び出されたらしい。
そこでちらつかされた、縁談話。
あの男のことだ、決して冗談ではないのだろう。

(伯父貴殿も、相変わらず自分のことばかりだな……幾ら保身の為とは言え)

葉王がすぐに納得するわけもなかろうに。

そう内心呟きながら、伯父のやり方も仕方の無いことのなのかもしれないとも思った。
宮中のことも、政治のこともとんと興味の無い布勢にしてみれば、それは戯言以外の何物でもないが、貴族の情勢は影で様々に移ろい続けているらしい。
誰につくのか。誰を推すのか。
言動一つでさえ慎重だ。

(そんな血筋なんて、見た目はともかく、あいつの性格にゃ合わねえよな…)

布勢はがしがしと頭を掻いた。
服は狩衣で、至極動きやすい。
本当は烏帽子も邪魔なだけで被りたくなかったが、成人男子としてこればかりは仕方ない。

それもこれも全部、あの葉王をからかう為だった。

葉王は近寄りがたい雰囲気を持つ男だ。
普段は柔和で、余り誰とも衝突する事無く穏やかに過ごしているようだが、
一度だけ、布勢は見たことがある。

あの眸。あの視線。

口調は柔和なのに、眼差しはぞっとするほど冷淡で。
どこか、他人を蔑むような視線。
相手に何も期待をしていない目。
多分気付く人間はそうはいない。それぐらいほんの一瞬だけ垣間見えた、仮面の裏側。
誰とも衝突しないのは、彼が一定の距離以上他者と深く関わろうとしていない証だと悟った。
誰にも入らせない。誰にも触れさせない。誰にも踏み込ませない。
だから無駄な衝突こそなかったが、逆にどことなく人を寄せ付けない空気を醸し出す男だった。

そして、陰陽師としての彼は天才だった。
人として恵まれすぎるほどの力と才能。
強すぎる力は、同僚内では嫉妬と羨望の対象となり―――時として畏怖の対象になる。
それも原因の一つなのかもしれなかった。

だから、他者と彼との間の距離は開いていくばかりで。
彼はどんどん孤立する。だが当人もそれを望んでいるようにも、見えた。



布勢が初めて葉王に逢ったのは、葉王がまだ習得生になりたての時分だ。
その頃から既に葉王は、あの目つきで、あの口調で、あの態度だった。
他とは違う空気を纏う少年だった。
だがだからといって、その才能と努力に申し分などなかったのだから、陰陽博士にとっては優秀な弟子だったのだろう。 他の兄弟子らからすれば、さぞ面白くなかったに違いない。
まあそこらへんのことは、付いた師の違う布勢には、詳しくはわからないが。
しかし布勢はふとひょんな拍子に彼に出会い、一目見るなり思った。

ああ、生意気な奴だ、と。



その時から布勢の葉王への付き纏いは始まった。
周りは物好きだと口々に言ってきたが、布勢には余り気にしなかった。

いい奴そうだったらそのまま仲良くなればいい。
生意気で、プライドが高そう。そんな奴を見かけたら、とりあえずからかいまくる。
それが布勢の信条だった。
葉王という人間に興味を持ったことも事実だ。
何が、彼をああいう近寄りがたい人間に変えてしまったのか。
彼の本質に、近付いてみたかった。
時おり葉王が、相手の心を読んだかのように行動したり、何かを告げたりするのも興味が湧いた。

だが布勢の予想ははずれ、葉王はしぶとかった。
どれだけからかっても、どれだけ上げ足をとっても、彼は怒らない。目に止めない。鼻にもかけない。流してしまう。
相手にされていないのだ。
それに気付いた布勢は、躍起になって葉王の注意を引こうと色々とやって来た。

だが結果は、どれも似たようなものだった。



とは言え途中で諦めるのも癪だ。
というわけで、布勢は今日もあの生意気な年下の青年を探していたのだが。
そこへ、あの噂。
これを利用しない手はない。
思う存分からかってやろう。
そう嬉々と決心して、いつにも増して熱心に葉王を探したが―――見つからないのだ。
京の、彼の邸も見た。余り気は進まなかったが、大内裏にも足を運んだ。

だがいない。
どこへ行ったというのだろう。



そういう訳で、話は冒頭に戻るのである。



(―――そういえば…)

ふと、布勢は少し前に、葉王が呟いた言葉を思い出した。
彼にしては珍しく……微かに、祭を楽しみにする子供のような顔をして。

『春が、くる』

(あの山だっけか)

葉王の視線の先を思い出し、布勢は京からそう遠くない、小さな山へ目を向けた。












□■□












そっとその表面に指を這わす。
冷え冷えとした硬い感触が伝わってくる。
そして、それと同時に。

あの、微かな生の息吹。

今まで聞いた中で誰よりも温かく、何よりも柔らかな音。

「………」

いつの間にか、自分はこの少女よりも歳をとってしまった。
ここに来るとより一層、年月の重みを実感する。

母が死んで。
乙破千代も失って。

(きみしか、いないんだ)

このまま世界が二人だけになれば良いのに。
それでも、構わないのに。

葉王が小さく息をついた、その時。



大きな揺れが洞窟を襲った。



「なっ…!」

突然のことに、葉王も息を呑む。
揺れが大きくて立っていられない。堪らず地面に膝を付く。
こんなに大きな地震は初めてだった。

がらがらと何処かで岩が崩れる音がする。
このままでは、洞窟が危ない。
崩れてしまう。
それで入口が塞がれて、酸欠で死ぬならそれでも良かったが、それよりもこの氷柱が割れてしまうのが怖かった。
氷が割れれば、その中に眠る少女の身体も只では済まないかもしれない。

「くっ…」

葉王が歯噛みする。
だが、それと同時に―――

揺れが、ぴたりと治まった。
唐突に。
揺れた時と同じように。

「これは、一体…?」

呆然と葉王が呟いた、その時。

ぴしり。

何かにヒビが入る音が聞こえた。
小さな小さな、それでいて、彼が今最も恐れていた音――

慌てて葉王は氷柱を振り返った。
予感は的中した。
――ヒビは小さな音と共に、細かく広がっていく。
氷の表面がどんどん白く濁っていく。

そして。

轟音と共に、氷が砕けた。










『―――誰そ』




声が、聞こえた。
葉王は伏せた顔を、そろそろと上げた。

ぱきん。
小さな氷が割れる。
その―――少女に踏まれて。

吸い込まれそうになる、二つの瞳。

何も言えなかった。喉が枯れてしまったかのように。唇が動かない。身体も動かない。ただ――目が、離せなかった。その少女から。少女の深い深い瞳から。

「…きみ、は」

それだけが、精一杯で。
だがそんな葉王の問いかけも、少女は聞こえていないかのように、再度告げる。無表情なまま。

『誰そ』

それは、目の前の華奢な少女が紡ぐには異質すぎる声。
まるで地の底から響いてくるような。
淡々としながらも、抗うことを許さない声音。
言葉の端々に、何かの威圧を感じた。

息苦しくなる。

同じだ、と感じた。あの時―――神社を訪れた時と同じ、空気だと。
否、あの時よりも更に濃密に、研ぎ澄まされた鋭さがある。
呑まれている。
舌が乾くのがわかった。

見つめあう両者。
ぴん、と張り詰める緊張。

そんな永遠ともしれない時間を破ったのは、不意に背後で聞こえた岩の崩れる音だった。

「っ!」

その途端、フッと糸が切れたかのように少女が倒れた。
同時に葉王の身体も、動くようになる。
葉王は何とか立ち上がると、急いでその少女に近付いた。

恐る恐る触れてみると――仄かな体温が直に伝わってくる。やはりこの少女は生きていたのだ。
少女は完全に意識を失っていた。
ただぐったりと目を閉じたまま、ぴくりともしない。

「―――な、何だこりゃ!?」

突然背後から聞こえた声に、葉王はバッと振り向いた。
するとそこには――目を見開いた、見覚えのある同僚の姿。
そう、確か名前は、

「布勢…」

余り得意ではなかったのに、何故か事ある毎に付き纏われ、とうとう名前を覚えてしまった。
名を呼ばれた彼は、唖然とした顔のまま、葉王と、葉王の腕の中の少女を見比べている。

よりにもよって、厄介な奴に見つかってしまった。

葉王は人知れず、ため息をついた。